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物語

とある世界のお話。

そこは2つの月が浮かぶ世界でした。
銀色の大きな月と、赤く少し小さな月がいつも夜を照らしておりました。


夜の終わりには銀の月が先に沈み、赤い月があとから追いかけるように沈むことから
赤い月が銀の月を追いかけ捕まえようとしている、という神の神話がありました。

誰もその神話を本当には信じてはいませんでしたが、
手の甲に三日月のあざが出る子だけが、特別な力をもって生まれたことから
月には大きな力があると信じられてきました。

手に三日月のあざを持った双子が生まれると、凶兆とされ、
生まれた際には、こっそりと片割れを闇に葬っておりました。

子を葬るのは、神に仕える神官の仕事とされていました。

ところがある日、国を治める王に双子の娘が生まれてしまいました。
手には三日月のあざ・・・もちろん王族とて例外はありません。
あとから生まれた子を葬ろうとしました。


ところが、子に手を下そうとしたとき、ものすごい光があふれ、
その場にいた神官たち皆の目を焼いてしまったのです。

誰も手を下せませんでした。
さきにうまれ、力を持った銀色の髪の娘はリュナと名付けられました。
あとから生まれ、同じく力を持った赤い髪の娘はティラと名づけられました。

夜空の月をうつしとったかのような姿の2人は、その大きな力から月に愛された巫女として

国中のうわさになりました。
しかし、あまりにも大きな力を持て余した王は、娘達を神殿に預ける事にしました。
けれど、神殿には2人に目を焼かれた神官達ばかり、、。2人の世話をしたがるものは多くはありませんでした。
ただ1人、青年神官テウだけが2人を世話してくれました。

テウは、神官達の中では1番若く、リュナとティラを妹の様に可愛がってくれたのでした。


力の操り方を教えてくれたのもテウでした。
神殿の神官達は、少しの雨を降らせたり、擦り傷を治す程度の事ができました。
自然を捻じ曲げる程の大きな力は禁忌とされていました。

リュナとティラもまだ幼い子供でしたが、少しづつ力を操れる様になった頃、
テウに連れられ、人々を助ける様になっていきました。

ある日一つの村に火事が起きました。


夜中の火事で、気づくのが遅く、火はあっという間に燃え広がり、このままでは森に広がる一歩手前でした。
神官達も慌てて向かいましたが、皆が集まったところで、

少しの雨くらいでは既にどうにかなる状況ではありませんでした


テウに連れられ、リュナと、ティラも向かいました。2人が着く頃、森の一部が燃え始めていました。

ティラが雨雲を呼びました。力を使ったのでした。
もの凄いスピードで雨雲が集まり、空には稲妻が何本も走りました。
滝の様な雨が降り、あっと言う間に火を消していきました。


しかし、それだけでは終わりませんでした。


雲は集まり続け、風はどんどん強くなり、焼けた家々がミシミシと音を立て、屋根が飛んでいきました。

テウが慌てて、ティラの肩を掴みました。

「ティラ様。力が大きすぎます。心を落ち着けて下さい。」

「どうしよう、、テウ、、。出来ない、、。」ティラが涙目になりました。

リュナがティラの手を繋ぎました。


「大丈夫だよ。ティラ。リュナが手伝ってあげる。」

リュナが手を空にかざすと、だんだんと風が収まり、雨が止んでいきました。
全ての雲がなくなった時、ティラは倒れ、地面に伏していました、、、。

この事は、あっという間に国中に広まり、ティラは恐ろしい力の持ち主。
いずれ本当に月を滅ぼすかもしれない・・・

それに引き換え。村を守ったリュナは偉大な救い手になるだろう。

という噂が囁かれるようになりました。

ティラは倒れてから3日もの間眠り続けました。リュナはティラにずっと付き添っていました。


そして、ティラがようやく目を覚ました時、テウは神殿から消え、

ティラの記憶からも消えていたのでした、、、。

​ツクヨミ2​

テウが居なくなってから5年。
リュナとティラは美しい娘に成長していました。


大きな災害は二人の予知によって回避され、人々を救い、国民は穏やかに暮らしていました。
テウが居なくなった後もリュナは神官たちとうまくやっていましたが、ティラはそうはいきません。
神官たちはティラの力を恐れていたのです。
リュナは村に行く度テウを探しましたが、ティラは倒れた時から
テウという存在自体を忘れてしまっていました。

「大きな力を使いすぎたせいだ」神官たちはそう口にしました。


「あまり力を使わないように。また記憶をなくしてしまうかもしれない……」

しかし、ティラにとってそんなことはどうでも良かったのです。リュナがいれば、それだけで。

「そんなこと言わないで、いつかテウのことを思い出すわ。とても優しくしてくれたんだもの……」
リュナはティラをそう優しく諭しました。

ある日のこと、二人は王のいる城に出向いていました。
数刻前、王の危篤の知らせが神殿へと届いたのです。
床に臥す王に謁見した神官たちは青ざめ、そして二人に懇願しました。

「リュナ様、ティラ様……どうか王をお助けください!」

神官たちの力だけでは、すでに王を治すことは不可能だったのです。
ティラは神官たちの言葉に頷くことが出来ませんでした。
神官たちの光を映さない瞳の奥に、常にティラへの畏怖の念が灯っていたことに気づいていたからです。
そして何より、ティラ自身が自分の力を恐れていました。
神官たちの目を焼いた光、村をひとつ吹き飛ばしてしまうほどの力……。
そのすべてが、ティラを踏みとどまらせていたのです。

 
リュナはそんなティラの気持ちに気が付いていましたが、どうすることもできませんでした。
リュナの力では王を治すことが出来ないからです。
リュナの力は『力を吸い取り、自分の力とすること』でした。


ティラの力が神官たちの目を焼いたあの日、その力をリュナは吸い取っていたのです。
まだ赤子だったリュナが覚えているはずがありません。
リュナが国民のために使っていた力は、ティラから吸い取った力でした。
幼いころに吸い取った力が枯渇しかけていたその時、5年前の大火事がありました。
その時に吸い取った力ももう残りわずかで、王を治すほどの大きな力など今のリュナは持っていませんでした。

「私の力だけではどうすることもできない……ティラ、お願い!!力を貸して」
「いやだ……!!できない……」
「私が貴方の力を抑えるから……!!」
「できない……、怖い……!!」
「ティラ……」

見る見るうちに王の顔は青ざめていきます。神官たちは慌てふためき騒ぎ立てました。

「リュナ様!!お願いします……王が!!王が!!」

神官たちの言葉にリュナは心を決め、王に手をかざしました。
淡い銀色の光がその場にあふれ、徐々に王の顔に生気が戻っていきます。
それと同時に、リュナの顔色はどんどんと悪くなっていきました。

「リュナ……!!もうやめて!!」

 ティラが叫ぶと、リュナはその場に倒れこんでしまいました。


王は意識を取り戻しましたが、それでもまだ病は重いものでした。
王を病の淵から救ったリュナは、倒れこんだまま目を開きません。
ティラがどんなに呼びかけても、目を開けることはありませんでした。

「ティラ様、……王をお救いください、お願いいたします。」

神官たちは倒れているリュナには目もくれず、次はティラにそう懇願したのです。


ティラは自分の力を恐れていました。しかし一番恐れていたのはリュナが居なくなることでした。
ティラは決心しました。神官たちの問いかけに応えることなく、リュナに手をかざしたのです。
赤い光がティラの手から広がり、どんどんとリュナに吸収されていきます。
リュナの顔色はどんどん良くなっていきました。

「あと……少し……」

もう少しでリュナを助けることが出来る。そう思ったその時、ティラは膝から崩れ落ちました。
体から力が急に抜けたのです
注いでいた力も、リュナに吸収されるばかりで止めることが出来ません。

「どうして……!!」

体のすべてが持っていかれる感覚。足が地につかない浮遊感。
ティラは朦朧とする意識の中、覚えているはずのない人に助けを求めました。

「助けて……!!テウ……!!」

ティラが目覚めたその時、リュナは神殿からも、城からも消えていました。

そして、ティラはリュナのことを忘れていたのでした。

ツクヨミ3

誰もいない……。
私は、誰……?何のためにここにいるの……?

なにも、なにも……何も思い出せない。

倒れたティラが目を覚ましたのは、リュナがいなくなってから3日後のことでした。
リュナをなくした事は、ティラにとって自分の半身をなくすことと同じでした。
ティラとリュナは、いつも共に生きてきたのですから。


そんなティラは、リュナに関するほとんどの記憶を失ってしまっていました。
それは、ティラが過去をすべて忘れてしまっているということでもありました。

ティラが目覚めたとき、周りにいた神官たちは異様なまでに喜びました。
しかし、神官たちはティラの身のことなど一切心配していませんでした。


「おお……!!これで王をお助けできる……!」
神官達にとって、ティラは王を助ける為の駒でしなかったのです。


ティラが記憶をなくしていることを良い事に、神官たちはリュナの話をしませんでした。

「あなたは人々の役に立つために生まれたのです」

「その力で病に臥せっている王を助けるように」

「神殿の為に力を使うことは、この世で最も尊いことなのです」

ただ、そう伝えるだけでした。
しかし、ティラは力があることも、使い方も……何一つ覚えていなかったのです。

ティラの力を思い通りに操れると思っていた神官たちは大いに焦りました。


力の使い方を必死に伝えましたが、ティラは力を全く使えないどころか
その体に何の力も持っていませんでした。
月の力はどこへ行ってしまったのでしょう。それは誰にも分りません。
神官たちはもちろん、記憶のないティラにもわかるはずがありませんでした。

すると1人の神官が言いました。

「やはり、あの時殺しておけば……双子の姉の方を残しておけばよかったんだ」

「そうだ、そうだ、やはりリュナの方が神殿には必要だったんだ……」

ティラの力は一体、どこへ行ってしまったのでしょう。

メロウ

暗い暗い海の底、そこは闇の世界。


大切なものを自ら手にかけた人魚は、ただ哀しみの世界に佇んでいた。
光の届かない海の底にしか、彼女の居場所はなかったのだから。

ある日、真っ暗な世界に一筋の光が飛び込んできた。それは1人の青年。
海に落ちてきた青年は、まるで太陽の光をまとっているようだった。

人魚は物陰に身を潜めた。


その顔の醜さ故に、大切な人に愛されなかったことを思い出していたからだ。

「だれか、いるの……?」 青年は、問いかけた。 

人魚は息を飲んで青年を見つめた。 

「……ここは、どこ?教えて」青年は縋るようにそう呟いた。  

人魚は震える声を振り絞った。

「ここは海の底よ。ごめんなさい、私はあなたの前には行けないの……とても、醜いから……驚かせてしまう」
人魚の言葉に、青年はゆっくりと口を開いた。

「君がどんなに醜くても、僕にはわからない……僕は、目が……見えないから」
人魚はひどく驚いた。

「君の声しかわからないんだ。とても澄んだ美しい声だね……」
人魚はさらに驚いた。

あの人と、同じことを言っている。
あの人も、私の声をほめてくれた……。


「何故、僕はここに来たんだろう……」


人魚は不安そうにそう口にした青年の近づき、その手に手を重ねた。

青年は少し動揺を示したが、逃げることはなかった。そして、すぐに人魚の手を優しくつつみこんだ。


「君には、何かわかる?」


「全部はわからないけど……、あなたからは月の力の匂いがする。それから……」
青年の問いかけに、人魚はそう答えた。


「月の、力……?」
青年は人魚の言葉に少し驚いたようだった。


「……思い当たる誰かがいるのね」
「リュナ様……いや、ティラ様かもしれない……。僕は……村に、……」
青年は人魚に、自分の身の上を話しだした。


青年の名前は『テウ』といった。


テウは神官であった。村に火事があった時、2人の月の巫女と共に救助へ向かった。
そこで巫女のうちの1人の力が暴走したがもう一人がの巫女が暴走を抑え……。そこから記憶がない……と。

人魚はテウに答えるように、自分のことを話した。


「私はメロウ。海の女王……だった」
メロウはゆっくりと語り始めた。


「ここは自らを疑い、心を闇に堕としたものだけが来る世界。月の力はあなたの願いを叶えただけだと思うわ……」
「僕の……、願い……?」


テウはそれだけ言うと、何を思ったのか黙り込んでしまった。
メロウはそんなテウを見つめ、何も言わずにその場に留まった。

そのまま数日が過ぎていった。

テウがふと、呟いた。


「ここに来てから、どのくらいの時間が過ぎたんだろう……光がないからわからない」
メロウは問いかけた。


「光がわかるの?」
テウは小さく頷いた。


「光は、見えなくても感じることが出来るんだ。お日様はとても暖かいから」


「あなたからは太陽の力を感じるわ、不思議。あなたを守っている」


「……、守って……いる?」


テウの言葉にメロウは不思議に思った。
まさか自分を守っている太陽の力に気がついていないのか、と。


「あなたを守っている力は、太陽の力を使っているみたい。あなたに凄く似たオーラなの。
もう1人のあなたが、あなたを守っているみたい……変なの」


「それって……!!」
テウはひどく慌て、声を荒らげた。

途端、ものすごい水音がした。何かが飛び込んできたような音だった。


「何の音……!?」
テウが慌てて問いかけた。


「わからない……、見に行ってみるわ」
メロウが答えた。
メロウが音のする方へ向かおうとすると、その手をテウに掴まれた。


「メロウ!僕も連れて行ってくれないか」
メロウは少し悩んでからテウの言葉に頷き、その手を引きながら音のした方へと向かった。


音のした場所には、少女が眠るように浮かんでいた。
「また、誰か落ちてきたみたい……。こんなに簡単にたどり着ける場所じゃないのに……」


落ちてきたのが人だとわかった途端、メロウは逃げるようにテウの後ろへと隠れた。
「私は……、ここは……?」


2人の存在を感じ取ったのか、少女はゆっくりと目を開いた。開いたばかりの目にテウを映すと、驚いたように大きな声を上げた。
「テウ!?どうして!!」
少女の声に、テウは唖然とした。


「……まさか、……その声は……リュナ、様……??」
聞き覚えのある声の主の名前を、半信半疑で呟いた。


「今までどうしていたの?火事の後テウが消えてしまって……ティラもテウを忘れてしまうし……ずっとずっと探していたのよ!」
リュナは不安そうな声でテウに語りかけた。


「それにしても、……ここはいったいどこなのかしら……。それに、テウの後ろに隠れているそのお方は……?」
メロウはリュナに顔を見られまいとテウの背中を盾にして隠れていた。


「彼女はメロウ。メロウ、彼女が僕が話していた巫女のリュナ様だよ。まだ小さいけど力のある巫女なんだ」
「力なんてない……」


テウの言葉に、リュナが小さな声でつぶやいた。
「え……?」


そんなリュナの言葉にテウは聞き返したが、リュナが答えることは無かった。


「あなたたちはずっとここにいたのかしら……?」
リュナは話を逸らすようにテウに問いかけた。


「いえ、私が落ちてきてから1ヶ月もたっていないと思います……。何しろ、ここは暗くて日にちがわかりずらく……」
「そう……。それからテウ、私はもう少女じゃないのよ」
「もう……少女じゃない……?それはどういうことですか?」

リュナは今までの事をテウに説明した。
テウがいなくなってから数年の月日が流れていること。王が危険な状態なこと。
ティラのこと……リュナから明かされた真実を、テウは受け止めることが出来なかった。


「もう何年もたっているとはどういう事なのでしょう……。私はまだ、数日しか過ごしていないのに……」
動揺した様子でテウがそう呟くと、メロウはか細い声で答えた。


「ここは……、普通の世界じゃないから……」
その言葉に、テウもリュナもメロウに視線を向けた。


「メロウ。なにかわかるのですか?」


「知っていることを教えてほしいわ。お願いしますメロウさん……」


テウとリュナはメロウに問いかけた。
メロウは意を決して、この世界について口にした。
「ここは私が作り出した闇の世界、深海よりももっともっと深いところにある場所。
本当なら誰も来られないはずなのに……赤い月があなたたちの願いをかなえてしまった……、のだと思う……」


「私たちの願い……?」
リュナが首を傾げた。


「そう」
「その話。この間もしていたね……闇の世界に行くことなんて、願ったことはないはずだけど……」


テウの言葉に、メロウは頷き呟いた。


「ここは、自分をあきらめ、その存在を消したい人達が来るところ。自分自身を捨てた人のための世界」


その言葉に2人は言葉を失った。
そんなこと、思ってなんていない。そんな風に返すことが、今の2人には出来なかったからだ。
メロウはそんな2人を見て、またゆっくりと語りだした。


「消えたいと思っても、捨てられない思いや思い出や大切なものたちが……生きることを繋いでくれるの。
本当に消えることなんて、ほとんどない。


けれど、2人共どこかで自分なんていなければいいと思って、無意識だったとしても孤独を望んだんだと思う……。
その願いを赤い月がかなえてしまったんだ……」


メロウの言葉を、テウもリュナもただ黙って聞いているしか無かった。


「でも、本当に独りなのは……そうやって誰かの願いだけをかなえている赤い月の方なのかもしれない……。
いつだって誰かを助けて……、人のことばかりで……。そんな赤い月は……いつ、自分を大切にするのかな……」

メロウはそう言って、黙ってしまった。


何かを思い出すように、ただ、じっと遠くを見つめていた。

「帰りたい……」


誰かが言った。

その言葉は、メロウの心の中を見透かしているようだった。

「帰らなきゃ……!!ティラ……!」
リュナが叫んだ

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